中小M&A資格試験の正式な試験日・出題仕様は、今後追加公表される可能性があります。
受験前には、必ず中小企業庁や試験実施機関が公表する最新情報を確認してください。
2026年9月、中小企業庁が「中小M&A資格試験」を2027年1〜2月に実施する方向で準備を進めていることが、朝日新聞で報じられました。
想定される受験者は1万人規模。M&Aの仲介や助言に携わる担当者個人の質を高めることが狙いとされています。
ここで一つ、立ち止まって考えたい問いがあります。
なぜ「試験」なのか。
M&Aの知識を測る検定なら、すでに民間資格が存在します(「中小M&A資格試験と事業承継・M&Aエキスパートの違い」参照)。
知識の普及だけが目的なら、国が新しい試験を作る必要はありません。
それでも中小企業庁は制度を立ち上げ、試験科目の中で倫理・行動規範を手厚くする方針を示しています。
つまりこの試験の中心にあるのは、知識ではなく倫理です。
この記事では、なぜそうなったのかを、M&A仲介という仕事の構造にまでさかのぼって考えます。
個別の論点暗記よりも先に知っておきたい、「この試験の設計思想」の話です。
この記事でわかること
- M&A仲介で利益相反が構造的に生まれる理由
- 資格制度の背景となった実際のトラブル事例
- 国が「業法規制」ではなく「資格試験」を選んだ意味
- 制度に関わる専門家による「組織 → 個 → 再び組織」という整理
- 受験すべきか・初回で受けるべきかを判断する材料
- 中小M&Aガイドライン第3版と倫理・行動規範科目の関係
- 試験・登録制度・氏名公表がひとつながりである理由
M&A仲介の利益相反はなぜ生まれるのか
資格も免許もなく、誰でも参入できる仕事
まず前提から確認します。
M&Aの仲介や助言には、国の資格も免許も必要ありません。業法もなく、参入は自由です。
ここで比較したいのが不動産仲介です。
同じ「仲介」でも、不動産取引は宅地建物取引業法という業法の下にあります。
個人の住まいの売買ですら厳格な規律があるのに、従業員の雇用や取引先との関係、経営者の人生を丸ごと動かす会社の売買には、長らく業規制がありませんでした。
| 不動産仲介 | M&A仲介(従来) | |
|---|---|---|
| 根拠となる業法 | 宅地建物取引業法 | なし(参入自由) |
| 営業に必要な免許 | 宅建業免許が必須 | 不要 |
| 担当者の資格 | 重要事項説明は宅地建物取引士の独占業務 | 資格不要(2027年に資格試験の実施が予定・取得は任意の見込み) |
| 報酬の上限 | 法定の上限あり | 法定上限なし(ガイドラインで説明義務を規律) |
| 行動規範 | 業法+監督処分 | 中小M&Aガイドライン(法的強制力なし) |
後継者不在に悩む中小企業が増え、国もM&Aによる事業承継を後押しする中で、この市場には多くの事業者が参入しました。
M&A支援機関登録制度はありますが、登録は組織単位の制度です。
現場で案件を担当する個人の力量や倫理観を担保する仕組みは、これまで存在しませんでした。
両手取引:売り手と買い手の間に立つ、たった一人の支援者
次に、この業界の中心的な業態である「仲介」の構造を見ます。
M&A仲介者は、譲り渡し側(売り手)と譲り受け側(買い手)の双方と契約し、双方から手数料を受け取ります。いわゆる両手取引です。
売り手は1円でも高く売りたい。買い手は1円でも安く買いたい。
利益が正面から衝突する両者の間に、同じ一人の支援者が立ち、両方から報酬を得ます。
これは、担当者が善人か悪人かという話ではありません。
構造として利益相反が組み込まれているということです。
しかも報酬は成功報酬が基本ですから、仲介者の収入は「成約したかどうか」で決まります。
売り手にとって不利な条件でも、成約さえすれば仲介者には報酬が入る。
「まとめたい」誘惑は、仕組みの上で発生し続けます。
情報の非対称:売り手は一生に一度、仲介者は毎月何件
さらに事態を難しくするのが、当事者間の経験格差です。
会社を売る中小企業の経営者にとって、M&Aはほぼ間違いなく人生で一度きりの取引です。
専任条項が何を意味するのか、テール条項がどこまで及ぶのか、レーマン方式の「基準となる価額」で報酬が大きく変わることを、事前に知っている経営者はまずいません。
一方の仲介者は、その取引を毎月のように扱うプロです。
この情報の非対称の下では、依頼者は仲介者の説明を信じるしかありません。
だからこそ、支援者の側の倫理が、取引の質を決める最後の砦になります。
実際に起きたトラブル事例
資格制度の創設が本格的に動き出した背景には、トラブルの続発がありました。
報道で明らかになった事例を、前章の構造に当てはめて整理します。
| 報道された事例 | 構造上の原因 | 対応するガイドラインの規律 |
|---|---|---|
| 契約で約束された経営者保証の解除が、譲渡後に放置された | 成約で報酬が確定するため、成約後のフォローに経済的動機がない | 経営者保証の解除に向けた対応・誠実な説明 |
| 想定の3倍の成功報酬を請求された | レーマン方式の「基準となる価額」に関する情報格差 | 手数料の算定基準・料率・最低手数料の事前の書面説明(第2版で拡充) |
| 「不適切な買い手」のリスト登録を逃れようとした担当者が解雇された | 個人の行動を縛る規範・監視の不在 | 不適切な譲り受け側への対応、業界の情報共有(第3版で追記) |
経営者保証の解除が放置された事例。
会社の借入に個人保証を差し入れたまま会社を譲渡した経営者にとって、保証の解除は人生設計そのものです。
契約で解除が約束されながら放置される事例が報じられました。
構造が生むインセンティブの欠落が、そのまま依頼者の人生のリスクになった例といえます。
想定の3倍の成功報酬が請求された事例。
レーマン方式という計算方法自体は業界標準です。
しかし、料率を掛ける「基準となる価額」を譲渡対価とするか、負債を含む移動総資産とするかで、報酬額は大きく変わります。
情報の非対称が、契約前の説明不足と重なったときに何が起きるかを示した例です。
「不適切な買い手」のリスト登録を逃れようとした事例。
一般社団法人M&A支援機関協会は2024年10月から、問題のある事業者の情報を共有する特定事業者リストの運用を始めました。
報道では、このリストへの登録を逃れようとやり取りをした仲介担当者が解雇された事例が伝えられています。
自浄の仕組みができても、それをすり抜けようとする動きが現場にあることを示した例です。
いずれの事例にも共通するのは、足りなかったのは知識ではないということです。
専任条項の意味も、レーマン方式の計算も、保証解除の手続きも、プロである仲介者側は知っていたはずです。
欠けていたのは、知っていることを依頼者の利益のために使う姿勢、つまり倫理でした。
専門家の見方:「組織 → 個 → 再び組織」
この制度の位置づけについては、制度づくりに関わる専門家からも注目すべき整理が示されています。
中小企業庁「中小M&A専門人材関係者検討会」の委員や、一般社団法人M&A支援機関協会の資格制度検討委員会の委員を務める公認会計士・税理士の山田勝也氏(株式会社G&Sソリューションズ代表)は、X(旧Twitter)で今回の資格制度を「組織 → 個 → 再び組織」へと規律を強化していく途中段階だと整理しています。
氏の整理を要約すると、次の4段階です(氏は「私見が多分に含まれる」と断ったうえでの発信です)。
| 段階 | 施策 | 規律の対象 |
|---|---|---|
| ① | 中小M&Aガイドライン策定 | 任意のガイドラインで、この時点では規範性なし |
| ② | M&A支援機関登録制度 | 登録条件に「ガイドライン遵守」を織り込み、組織の規律が整う |
| ③ | 資格制度の導入・試験実施(今ここ) | 組織に所属する「個」の知識と倫理観の底上げ |
| ④ | (将来)有資格者を前提とした組織への施策 | 配置義務・努力義務、重要事項説明の説明者限定などを検討しうる(今後の議論) |
特に④は、本記事の見立てより一歩踏み込んだ将来像です。
有資格者が一定数生まれた後に、資格者の配置を組織へ求める規律を「再び」検討できる、という構想です。
また氏は、資格制度自体がゴールではなく、M&A支援機関の信頼性を高めて実質的に「登録しないとやっていけない」環境をつくるための一手だと位置づけています。
編集部対談:受験者はこの試験とどう向き合うべきか
ここまで制度の構造を見てきましたが、読者のみなさんの関心は「で、自分は受けるべきなのか」だと思います。
受験を検討する読者の目線で、聞き手からの質問に編集部が答える形で整理します。
正直なところ、この資格は「取る意味」があるんでしょうか。資格がなくても今までどおり仕事はできるんですよね。
編集部:現時点では、そのとおりです。法律上の独占業務はなく、朝日新聞の記事も「トラブル防止の効果は未知数」と指摘しています。ただ、「取る意味があるか」を「今、資格が必須か」で判断するのは危ういと考えています。変わるのは法律ではなく、選ぶ側の行動だからです。合格者が登録・公表されれば、売り手の経営者や、案件を紹介する金融機関・顧問税理士が「担当の方は資格をお持ちですか」と聞けるようになる。聞かれた瞬間から、無資格は説明を要する状態になります。
先ほどの山田氏の整理では、④として「配置義務・努力義務、重要事項説明の説明者限定」という将来像まで示されていました。あれが実現したら、現場には何が起きますか。
編集部:宅建業がわかりやすい先例です。宅建業には事務所ごとの宅建士設置義務があり、重要事項説明は宅建士しかできません。同じ型の規律がM&A支援に入れば、会社は有資格者を確保しないと業務が回らなくなる。そうなると受験は「個人の任意」ではなく、勤務先から求められる実質的な業務要件に近づきます。氏も私見と断っており確定した話ではありませんが、検討会でこれから議論されうる内容として委員を務める専門家が公に示している以上、「そうなってから慌てて取る」より先回りしておく方が合理的です。
受けるなら、初回(2027年1〜2月予定)がいいんでしょうか。それとも様子見ですか。
編集部:M&A支援の仕事に現に関わっているなら、初回受験を勧めます。理由は3つあります。第一に、過去問がないのは全受験者共通の条件で、相対的に不利にはならないこと。第二に、出題の土台になる中小M&Aガイドラインは既に公表されていて、対策は今日から可能なこと。第三に、仮に④のような規律が将来入るなら、有資格者は早いほど希少で、社内でも市場でも先行者の価値が付くことです。様子見が合理的なのは、M&A業務にまだ関わっていない人くらいだと思います。
倫理・行動規範が手厚いことは、受験者にとってはどういう意味を持ちますか。
編集部:対策面では「落とせない科目」と「勉強しやすい科目」の両方の顔を持ちます。配点は単独科目で最多の15問程度、しかも禁忌肢が検討されているので、ここを外すと合否に直結する。一方で、出典はガイドラインという明確な文書に集中しているので、範囲の広いM&A実務より学習効率は高い。そして忘れてはいけないのは、合格後も登録制度の倫理規程で問われ続けることです。試験のための暗記ではなく、依頼者の利益を最優先する判断基準として身につける。それがこの科目との正しい付き合い方であり、結局は最短の合格戦略でもあると考えています。
中小M&Aガイドライン第3版と「倫理の明文化」
対談で触れたガイドラインの歩みを、もう少し具体的に見ておきます。
倫理・行動規範科目の出題の土台になる文書だからです。
中小M&Aガイドラインは2020年3月の策定以降、2023年9月の第2版で仲介者・FAの手数料(レーマン方式や最低手数料)に関する説明の規律を拡充しました。
そして2024年8月30日公表の第3版では、手数料・提供業務の詳細説明、広告・営業の規律、利益相反に関する規律、ネームクリア・テール条項に関する規律が強化されています(出典:経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」2024年8月30日)。
内容を見ると、改訂の一つひとつが、先に見たトラブルへの応答になっていることが分かります。
たとえば専任条項(他の業者への依頼を禁じる条項)には、契約期間を最長でも6か月から1年以内とする目安が置かれ、依頼者がセカンド・オピニオンを求めることを一律に禁じないよう求められています。
テール条項(契約終了後の手数料請求)には、テール期間を最長でも2〜3年以内とする目安が置かれ、対象は「その業者が実際に関与・接触し、譲り渡し側に紹介した相手」に限定するとされています。
第3版ではさらに、ノンネームシートを提示しただけの相手はテール条項の対象とすべきでないこと、専任契約でない場合に成約支援者として選ばれなかった業者が手数料を請求すべきでないことまで具体化されました(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」2024年8月)。
抽象的な「誠実であれ」ではなく、期間の目安や対象の限定という運用可能なルールにまで落とし込まれた倫理。
これがガイドラインの本質であり、明文化の蓄積が、そのまま試験の出題範囲になろうとしています。
個別の論点の詳しい解説は、「禁忌肢と倫理・行動規範の重要論点」もあわせてご覧ください。
中小M&A資格試験は何を測るのか
ここまでの流れを踏まえると、試験の設計が一貫した思想で貫かれていることが見えてきます。
公募要領ベースの情報では、試験は4科目・120分・最大60問程度で、科目別の想定は次のとおりです(「試験範囲案の解説」参照)。
| 科目 | 想定問題数 | 特記事項 |
|---|---|---|
| M&A実務 | 21〜24問程度 | 範囲が最も広い |
| 倫理・行動規範 | 15問程度 | 単独科目で最多。禁忌肢の設定が検討されている |
| 財務・税務 | 12〜14問程度 | – |
| 法務 | 10〜11問程度 | – |
倫理・行動規範は単独科目として最多です。
さらに、選んだ時点で不合格になりうる禁忌肢の設定が検討されていることも、検討会資料から読み取れます(「禁忌肢の解説記事」参照)。
知識問題の誤答は1問分の失点で済みますが、禁忌肢は「これを選ぶ人を、他の点数がどうであれ合格させない」という設計です。
試験がどの科目を本丸と考えているかを、これ以上なく雄弁に語っています。
そして合格後には登録制度が待ち、倫理規程の遵守が求められ、規定違反があれば氏名公表を含む処分の対象となる方向です(「合格後の登録制度」参照)。
実務・財務・法務の知識は合格した時点で「証明済み」になりますが、倫理だけは、資格を持ち続ける限り問われ続けます。
冒頭の問いに戻ります。なぜ国は試験を作るのか。
それは、参入自由な市場で、構造的な利益相反と情報格差の中でも依頼者の利益を最優先できる人材を、名前の付いた形で可視化するためです。
この試験は、知識試験の形をした倫理試験である。それが本記事の結論です。
まとめ:倫理は「試験科目の一つ」ではなく、この試験の存在理由
この試験を「また増えた資格ビジネス」と見ることも、「業界が信頼を取り戻すための装置」と見ることもできます。
どちらの側面もあるでしょう。
ただ、確かなのは、この試験で高得点を取る最短経路が、小手先の暗記ではないことです。
倫理・行動規範の問題は、突き詰めれば「依頼者の利益を最優先しているのはどの選択肢か」という一つの原則から解けるように作られるはずです。
試験がそもそも、その原則を持つ人を選ぶために設計されているからです。
個別の規律(専任条項の6か月〜1年、テール期間の2〜3年など)は、その原則が明文化された結果として頭に入れる。
この順番で学んだ知識は、試験だけでなく、合格後に規範として生き続けます。
よくある質問
- Q. 中小M&A資格試験で倫理・行動規範は何問出題されますか?
- 公募要領ベースの情報では、60問中15問程度と想定されており、単独科目としては最多です。科目別の詳細は「試験範囲案の解説」をご覧ください。
- Q. 禁忌肢とは何ですか?
- 選んだ時点で、他の得点にかかわらず不合格になりうる選択肢を指す考え方です。中小企業庁の検討会資料で、倫理・行動規範における設定が検討されていることが確認できます。詳しくは「禁忌肢の解説記事」をご覧ください。
- Q. 倫理・行動規範の出題範囲はどの資料ですか?
- 中心になると考えられるのは中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」で、現行の最新版は2024年8月30日公表の第3版です。専任条項・テール条項・手数料・利益相反などの規律が整理されています。
- Q. M&A仲介は今後、免許制になりますか?
- 現時点でそのような公表はありません。まずは資格試験と登録制度による段階的な規律強化が進められる方向です。制度の動向は今後の公表資料の確認が必要です。
倫理・行動規範を、問題演習で確認したい方へ
中小M&A資格試験対策アプリの倫理・行動規範の一問一答は、「依頼者の利益を最優先しているのはどれか」という原則から解く訓練を重視して作っています。配点最厚にして、この試験の根幹である科目から学習を始めてください。
アプリの詳細を見る参考にした一次情報・公的資料
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html - 経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」(2024年8月30日)
https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002.html - 中小企業庁「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」(2024年8月)
https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002-ar.pdf - 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた検討会 第4回 配布資料」
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/ma_shijou/004.html - 中小企業庁「令和7年度補正中小企業活性化・事業承継総合緊急支援事業(中小M&A資格試験実施事業)に係る企画競争の募集を開始します」
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/itaku/kobo/2026/260327001.html - M&A支援機関登録制度 公式サイト
https://ma-shienkikan.go.jp/ - 朝日新聞「『中小M&A資格試験』年明け実施へ 中企庁、1万人規模の受験想定」(2026年9月16日配信)
Yahoo!ニュース配信版(配信期間終了後はリンク切れとなる場合があります) - 山田勝也氏(公認会計士・税理士/中小企業庁「中小M&A専門人材関係者検討会」委員、一般社団法人M&A支援機関協会 資格制度検討委員会 委員)のX投稿(2026年9月)
https://x.com/GSSyamada/status/2100254232830230892
※本記事のうち、制度の評価や今後の見通しに関する記述、および編集部対談の内容は編集部の見解です。試験の詳細は今後変更される可能性があるため、最新情報は中小企業庁や試験実施機関の公式発表をご確認ください。