中小M&A資格試験の試験科目一覧は、現時点では今後変更される可能性がある「現状案」として公表されています。実際に受験する際は、必ず最新の試験案内・公式資料を確認してください。
中小M&A資格試験の「財務・税務」は、苦手意識を持たれやすい分野です。この記事では、財務三表、バリュエーション、財務DD、税務知識、スキーム別の論点などを、初学者でも学びやすい順番で整理します。
- 中小M&A資格試験の財務・税務で押さえるべき基本論点
- 財務三表、バリュエーション、財務DD、税務基礎の位置づけ
- 計算問題・事例問題に備えるときの考え方
- 財務・税務が苦手な人向けの学習順序
- 専門家レベルまで踏み込まずに、試験対策として優先すべき範囲
財務・税務は「専門家と会話するための力」
M&A支援者に求められるのは、公認会計士や税理士の代わりに専門判断をすることではありません。重要なのは、数字や税務論点の意味を理解し、どの場面で専門家と連携すべきかを見落とさないことです。
対象会社の財務内容や税務論点をまったく知らないまま、M&A支援を進めることはできません。譲渡価格、スキーム選択、デュー・デリジェンス、最終契約、クロージング後のリスク対応など、M&Aの多くの場面で財務・税務の知識が関係します。
ただし、試験対策として最初から細かな会計処理や税額計算に入りすぎると、全体像を見失いやすくなります。まずは、次のように考えると整理しやすくなります。
| 必要な力 | 具体例 | 試験対策上の意味 |
|---|---|---|
| 数字を読む力 | 売上、利益、純資産、借入金、キャッシュ・フローを見る | 対象会社の状態を大まかに把握する |
| 論点に気づく力 | 一過性損益、役員報酬、簿外債務、保証、不要資産に気づく | DDや専門家確認につなげる |
| スキーム別に考える力 | 株式譲渡、事業譲渡、会社分割で税務・会計処理が変わる | どの取引形態で何が問題になるかを判断する |
| 説明する力 | 依頼者に、なぜ財務DDや税務確認が必要なのかを説明する | 実務場面に近い事例問題に対応しやすくなる |
財務・税務は「自分で全部判断する科目」ではなく、「危ない論点に気づき、専門家と連携するための科目」と考えると学習しやすくなります。
公式資料で示されている財務・税務の範囲
中小企業庁の検討会資料で示されている試験科目詳細では、財務・税務分野について、財務基礎、スキームの初期的な検討、バリュエーション、財務DD、最終契約、税務基礎、スキーム別税務、税務DDなどが整理されています。
ここで大切なのは、財務・税務が単独の知識として出るだけではなく、M&Aプロセスの各場面と結びついている点です。
| 分野 | 主な内容 |
|---|---|
| 財務基礎 | 簿記、PL、BS、CF、税務会計、資金繰り、会計基準など |
| スキームの初期的な検討 | 株式譲渡、事業譲渡、合併・会社分割、のれん、PPA、連結、資金調達など |
| バリュエーション | 企業価値評価、事業価値評価、評価方法の考え方 |
| 財務DD | 調査事項、主な検出事項、対応方法 |
| 税務基礎 | 法人税、所得税、消費税、相続税、贈与税、印紙税、不動産取得税、登録免許税など |
| スキーム別税務 | 株式譲渡、事業譲渡、会社分割、自己株買い、現物分配、組織再編税制など |
| 税務DD | 調査事項、税務リスク、表明保証との関係 |
学習時は、この表を単なる暗記リストとして見るのではなく、「M&Aのどの場面で必要になる知識か」という流れで整理すると理解しやすくなります。
公式資料上の試験科目詳細は、今後の試験案内で変更される可能性があります。この記事では、現時点で公開されている資料をもとに、学習の優先順位を整理しています。
まず押さえる財務三表
財務・税務が苦手な人は、最初に財務三表の役割を分けて理解するのが近道です。細かな勘定科目をすべて暗記する前に、「この表は何を見るためのものか」を押さえましょう。
貸借対照表(BS)
貸借対照表は、会社の一定時点の財政状態を表します。M&Aでは、現預金、売掛金、棚卸資産、固定資産、借入金、役員借入金、純資産などが重要になります。
中小企業では、オーナー経営者との貸借、事業に使っていない資産、長期間回収されていない売掛金、時価が簿価を大幅に下回る棚卸資産などが含まれていることがあります。表面的な資産や負債・純資産額だけで判断せず、実態を確認する視点が必要です。
損益計算書(PL)
損益計算書は、一定期間の経営成績を表します。売上、売上総利益、営業利益、経常利益、当期純利益などを確認します。
M&Aでは、単年度の利益だけではなく、正常収益力を見ることが大切です。一過性の利益・損失、役員報酬、オーナー経費、関連会社取引、特殊な取引条件などによって、見かけの利益と実態がずれることがあります。
キャッシュ・フロー(CF)
キャッシュ・フローは、現金の増減を見る考え方です。利益が出ていても、売掛金の回収が遅い、在庫が増えている、借入返済が重い、設備投資が必要といった理由で資金繰りが厳しくなることがあります。
中小M&Aでは、譲渡価格だけでなく、買収後にどれだけ資金が必要になるかも重要です。そのため、運転資本、設備投資、借入返済、フリー・キャッシュ・フローの考え方は、バリュエーションやDDとつながります。
BSは「持っているもの・借りているもの」、PLは「どれだけ稼いだか」、CFは「現金がどう動いたか」。まずはこの3つの違いを言葉で説明できるようにしましょう。
バリュエーションで問われやすい考え方
バリュエーションは、会社や事業の価値を評価する分野です。試験対策では、計算式だけでなく、評価方法ごとの考え方、向いている場面、弱点を整理することが重要です。
| 評価方法 | 基本的な考え方 | 注意点 |
|---|---|---|
| コストアプローチ | 会社の資産・負債をもとに価値を考える | 将来の収益力が十分に反映されにくい場合があります |
| マーケットアプローチ | 類似会社や類似取引の倍率を参考に価値を考える | 本当に比較できる会社・取引を見つけるのが難しいことがあります |
| インカムアプローチ | 将来キャッシュ・フローをもとに価値を考える | 事業計画や割引率など、前提条件に大きく左右されます |
| 年買法などの簡便法 | 時価純資産に営業利益などの数年分を加算するような形で価値を考える | 中小M&Aの実務で使われることがありますが、理論的な精緻さよりも実務慣行に近い面があるため、前提の説明が重要です |
バリュエーションでは、「どの方法が常に正しいか」ではなく、対象会社の特徴に照らして、どの方法を使うと何が見え、何が見えにくいかを理解することが大切です。
たとえば、不動産などの資産を多く持つ会社なら資産・負債の実態確認が重要になります。一方、将来の成長性が評価の中心になる会社では、事業計画や将来キャッシュ・フローの妥当性が重要になります。
財務DD・税務DDで見るべきポイント
DD(デュー・デリジェンス)は、対象会社のリスク等を精査する調査です。中小M&Aでは、財務DD、税務DD、法務DD、ビジネスDD、人事労務DD、IT(情報システム)DDなど、案件に応じて必要な調査が変わります。
M&A支援者は、財務DDや税務DDを自分だけで完結させる立場ではありません。ただし、どのような論点が調査対象になりやすいかを理解していないと、専門家に依頼すべきタイミングや範囲を誤るおそれがあります。
財務DDで代表的な確認項目
- 売上・利益の継続性
- 一過性損益の有無
- 役員報酬やオーナー経費の影響
- 売掛金の回収可能性
- 棚卸資産の評価
- 借入金、保証、簿外債務の有無
- 運転資本や設備投資の必要性
- 関連当事者取引
税務DDで代表的な確認項目
- 過去の税務申告の状況
- 未払税金や税務調査リスク
- 役員退職金や役員報酬の妥当性
- 消費税の処理や税務署への届出状況の確認
- 不動産を含む取引の税務影響
- 繰越欠損金の有無と利用可能性
- 組織再編税制などの専門的な税務論点
- 最終契約の表明保証に関係する税務リスク
税務判断や会計処理の適否は、個別事情によって結論が変わります。試験対策では、細かな税額計算を断定するよりも、「専門家確認が必要な論点を見つける」視点を優先しましょう。
税務は「誰に、どの税金がかかるか」で整理する
税務が苦手な人は、税金の名前を個別に暗記するよりも、まず「誰に、どの税金が、どのタイミングで問題になるか」で整理すると理解しやすくなります。
| 取引・論点 | 主な見方 | 注意したい点 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 株主が株式を売却する取引 | 譲渡する株主側の課税、株価算定、表明保証、保証解除などが論点になりやすい |
| 事業譲渡 | 会社の事業や資産・負債を個別に移転する取引 | 法人側の課税、消費税、移転対象資産・契約・許認可の確認が重要になる |
| 会社分割 | 事業を会社法上の組織再編で移転する取引 | 会計・税務・法務が複雑になりやすく、専門家連携が特に重要 |
| 役員退職金 | 譲渡前後で役員退職金を支給するケース | 金額の妥当性、損金算入、個人側の課税などを確認する必要がある |
| 不動産 | 対象会社や事業に不動産が含まれるケース | 不動産取得税、登録免許税、評価、含み益・含み損などが論点になる |
| 繰越欠損金 | 過去の赤字を将来の所得と相殺できる可能性があるもの | 利用制限やスキームによる影響があり、安易に価値として見込まない |
税務分野では、「株式譲渡なら必ず簡単」「事業譲渡なら必ず不利」といった単純な覚え方は危険です。案件の目的、譲渡対象、当事者、資産内容、過去の税務処理によって判断が変わるため、支援者としては早い段階で論点を整理し、税理士などの専門家に確認する姿勢が重要です。
なお、組織再編税制、グループ通算制度、グループ法人税制などは公式資料上も税務論点として挙げられています。ただし、初学者向けの学習では、まず株式譲渡・事業譲渡・会社分割など基本的なスキーム別税務を優先し、これらは専門家確認が必要になりやすい発展論点として位置づけるのが現実的です。
苦手な人向けの勉強法
財務・税務が苦手な人は、いきなり全範囲を細かく覚えようとせず、M&Aの流れに沿って学ぶのがおすすめです。
ステップ1:財務三表の役割を理解する
まずはPL・BS・CFの違いを説明できるようにします。細かな会計処理よりも、売上、利益、資産、負債、現金の動きを大まかに読める状態を目指しましょう。
ステップ2:M&Aプロセスのどこで財務・税務が出るかを押さえる
初期相談、スキーム検討、バリュエーション、DD、最終契約、クロージングという流れの中で、どのタイミングで財務・税務論点が出るかを整理します。
ステップ3:バリュエーション手法を比較する
コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチ、年買法などを、計算式だけでなく「何を重視する評価方法か」「どんな弱点があるか」で整理します。
ステップ4:DDはチェック項目と理由をセットで覚える
売掛金、棚卸資産、借入金、簿外債務、一過性損益などについて、「なぜ確認するのか」を理解します。理由まで理解すると、事例問題でも判断しやすくなります。
ステップ5:税務はスキーム別に整理する
株式譲渡、事業譲渡、会社分割など、取引形態ごとに「誰に課税されるか」「何が移転するか」「専門家確認が必要な論点は何か」を整理しましょう。
初学者は、細かな税額計算よりも、PL・BS・CF、バリュエーション、財務DD、スキーム別税務を先に固める方が効率的です。公式資料でも、財務基礎・バリュエーション・財務DD・税務基礎・スキーム別税務が重要な柱として整理されています。
事例問題での判断イメージ
財務・税務は、単純な知識問題だけでなく、事例問題として問われる可能性があります。ここでは、学習時に持っておきたい判断イメージを整理します。
| 事例 | 確認したい論点 | 支援者としての適切な対応 |
|---|---|---|
| 利益は出ているが、常に資金繰りが厳しい | 売掛金回収、在庫増加、借入返済、設備投資、運転資本 | PLだけで判断せず、CFや資金繰りを確認する |
| 役員報酬が大きく、営業利益が低く見える | 正常収益力、オーナー経費、譲渡後の費用構造 | 一過性・オーナー依存の要素を専門家と確認する |
| 事業譲渡で一部資産だけを移転したい | 移転対象資産、契約、許認可、消費税、法人税 | 税務・法務の両面で専門家確認を促す |
| 繰越欠損金があるため買収価値が高いと説明された | 利用制限、スキーム、税務上の取扱い | 安易に価値として扱わず、税理士確認を前提にする |
| 不動産を多く保有する会社を評価する | 時価、含み益・含み損、担保、税務、不要資産 | 簿価だけでなく実態価値と税務影響を確認する |
試験対策では、「自分で最終判断する」よりも、「どの論点があるか」「誰に確認すべきか」「依頼者にどう説明すべきか」を意識すると、実務に近い問題にも対応しやすくなります。
FAQ
Q1. 財務・税務が苦手でも中小M&A資格試験の対策はできますか?
できます。最初から専門家レベルの会計処理や税額計算を目指す必要はありません。まずは財務三表、バリュエーション、財務DD、税務基礎、スキーム別税務の全体像を押さえることが大切です。
Q2. 簿記の資格がないと厳しいですか?
簿記の知識は役立ちますが、簿記資格そのものが必須とは限りません。試験対策としては、PL・BS・CFの意味、主要な勘定科目、利益とキャッシュの違いを理解することから始めましょう。
Q3. 税務はどこまで細かく勉強すべきですか?
初学者は、細かな税額計算よりも、株式譲渡・事業譲渡・会社分割などのスキームごとに、誰にどの税金が問題になるかを整理する方が優先です。役員退職金、不動産、繰越欠損金、組織再編税制などは専門家確認が必要になりやすい論点として押さえましょう。
Q4. バリュエーションは計算式を覚えれば十分ですか?
計算式だけでは不十分です。評価方法ごとの考え方、前提条件、向いている会社、弱点を理解することが重要です。事例問題では、「なぜその評価方法を使うのか」「どの前提に注意すべきか」が問われる可能性があります。
Q5. 財務DDと税務DDの違いは何ですか?
財務DDは、対象会社の財務数値が実態を表しているか、収益力や資産・負債に問題がないかを見る調査です。税務DDは、過去の税務申告、未払税金、税務調査リスク、スキーム別の税務影響などを確認する調査です。実務では専門家と連携して進めることが重要です。
まとめ
中小M&A資格試験の財務・税務は、範囲が広く見えます。しかし、学習の中心は「専門家の代わりに判断すること」ではなく、「M&A支援者として財務・税務の論点に気づき、適切に専門家と連携すること」です。
まずは、財務三表、バリュエーション、財務DD、税務基礎、スキーム別税務を、M&Aプロセスと結びつけて理解しましょう。細かな論点に入りすぎる前に、数字の意味、取引形態ごとの違い、依頼者に説明すべきポイントを押さえることが、実務にも試験対策にもつながります。
参考資料
- 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた検討会(第4回)配布資料」
- 中小企業庁「資料3 試験科目詳細」
- 中小企業庁「資料2 中小M&A市場の改革に向けた方向性について」
- 中小企業庁「令和7年度補正中小企業活性化・事業承継総合緊急支援事業(中小M&A資格試験実施事業)企画競争募集要領」
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」
中小企業M&A資格試験対策アプリでは、公開資料をもとに、財務三表、バリュエーション、財務DD、税務基礎、スキーム別税務などの論点を演習形式で確認できるよう準備しています。
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